HISTORY File 007接戦の名勝負
激しい攻防が続き、最後の最後まで勝負の行方がわからない「接戦」は、見守るファンの胸を熱く燃え上がらせる。
多くの人々の目を釘付けにする「接戦」となった名レースを、桜花賞、皐月賞、天皇賞(春)の順に振り返りたい。
第1章
激しい競り合い!
トライアルからの
逆転劇
(2016年 第76回
桜花賞)
2016年の桜花賞は「三強」の争いと目されていた。その筆頭は、前年の2歳女王で年明け初戦のクイーンCを圧勝したメジャーエンブレムだった。
それに次ぐ存在と見られていたのは、シンハライトとジュエラー。前走のチューリップ賞では、直線で馬体を併せて競り合い、先に前に出たジュエラーに、シンハライトがゴール前で並びかけ、ハナ差だけ前に出た。前哨戦を制したシンハライトは、戦績を3戦3勝とした。
本番の第76回桜花賞は、このチューリップ賞に勝るとも劣らない迫力で決着する。
ゲートが開いた。圧倒的1番人気に支持されたメジャーエンブレムは中団より少し前。2番人気のシンハライトはその後ろを進む。3番人気のジュエラーはゆっくりとしたスタートを切り、先頭から10馬身以上離れた後方2番手につけている。直線入口で、前が壁になっているメジャーエンブレムを横目に、外のシンハライトはスムーズに進路を確保してスパートの態勢に入った。ジュエラーも差を詰めてはきたが、まだシンハライトの3馬身ほど後ろにいる。
ラスト400mを切った。メジャーエンブレムが馬群をこじ開け、抜け出しを図る。しかし、外のシンハライトの伸び脚が勝り、ラスト200m付近で先頭に立った。そのまま後続を突き放し、無敗の桜花賞馬誕生か――と思われたが、さらに外からジュエラーが凄まじい勢いで迫ってくる。1完歩ごとに差を詰め、最後の最後にシンハライトと馬体を並べてゴールした。
勝ったのは内のシンハライトか、外のジュエラーか。肉眼では判別できなかった。写真判定の結果、ハナ差でジュエラーが逆転し、ヴィクトワールピサ産駒としての重賞初制覇をクラシックの舞台で飾った。
第2章
大波乱!
猛追を振り切った勝利
(2007年 第67回
皐月賞)
2007年の皐月賞は、1着から3着までがハナ差という大接戦となった。
1番人気は前走の弥生賞で重賞2勝目をマークした武豊騎手のアドマイヤオーラ。2番人気は重賞3勝を含む4戦全勝で臨んできたフサイチホウオー。3番人気は前年の2歳王者ドリームジャーニーだった。しかし、レースは波乱の結果となった。
スタート後、サンツェッペリンが松岡正海騎手に促され、スタンド前でハナに立った。外の17番枠から出た田中勝春騎手のヴィクトリーも好スタートを決め、2、3番手で1コーナーに入った。そして、コーナーを回りながら先頭に立ち、単騎逃げの形に持ち込んで向正面へ。サンツェッペリンは2馬身ほど後ろの2番手につけている。その後ろは5馬身ほど離れ、フサイチホウオーは中団、アドマイヤオーラとドリームジャーニーは後方に控えた。有力馬が後方で牽制し合ったためか、先頭のヴィクトリーから最後方まで15馬身以上と、馬群は縦長になった。
ヴィクトリーが先頭のまま3コーナーへ。4コーナーを回りながら、サンツェッペリンがヴィクトリーに並びかける。内のヴィクトリー、外のサンツェッペリンがやや馬体を離して並走し、直線へ。両馬とも鞍上のゴーサインを受け、スパートをかける。2頭の後ろは2、3馬身離れている。ラスト200mを切った。内ラチ沿いのヴィクトリーが先頭。サンツェッペリンが前に出かけると、ヴィクトリーがしぶとく差し返す。突如、スタンドの歓声が高まった。大外からフサイチホウオーが凄まじい脚で伸びてきたのだ。ヴィクトリーか、あるいはサンツェッペリンが粘り切るのか。それともフサイチホウオーがまとめてかわすのか。3頭が馬体を並べてゴールを駆け抜けた。
稀にみる接戦を制していたのは、ヴィクトリーだった。2着はサンツェッペリン、3着はフサイチホウオー。ヴィクトリーはトライアルの若葉Sを1番人気で勝利していたものの7番人気、サンツェッペリンは皐月賞と同舞台の京成杯を完勝していたが、15番人気の支持にそれぞれとどまっていた。大方の予想を覆した2頭の馬連は9万4630円を記録。3連単は162万3250円という大波乱となった。
第3章
復活!名ステイヤーの意地
(1995年 第111回
天皇賞(春))
3200mという長距離戦でも、ハナ差で決着することがある。その代表的な一戦は、ライスシャワーとステージチャンプが大接戦を演じた、1995年の天皇賞(春)である。
ライスシャワーは、1992年の菊花賞で二冠馬ミホノブルボンを下してGⅠ初制覇。翌1993年の天皇賞(春)では同レース3連覇をかけたメジロマックイーンを破るなど稀代の名ステイヤーとして知られていた。
1歳下のステージチャンプは、女傑ダイナアクトレスを母に持つ良血馬として注目され、1993年の菊花賞で2着となり、翌1994年の日経賞で初めてライスシャワーと対決した。そこで同馬をハナ差で退け、重賞初制覇を果たした。
両馬の2度目の直接対決は、ちょうど1年後となる1995年の日経賞で、ステージチャンプが2着、ライスシャワーは6着だった。そしてその前哨戦から1か月後の天皇賞(春)が3度目の直接対決の舞台となった。
的場均騎手が騎乗したライスシャワーは中団につけた。蛯名正義騎手のステージチャンプはその後ろを進む。馬群は正面スタンド前を抜け、1、2コーナーへ。向正面でペースが落ちつくと、ライスシャワーが仕掛けて進出。2周目の3コーナーで早くも先頭に立った。その姿がターフビジョンに映し出されると場内が沸いた。ステージチャンプはまだ後方にいる。
最後の直線。先頭のライスシャワーがリードを広げ、押し切りを図る。しかし、大外からステージチャンプが凄まじい脚で追い上げてくる。「他馬が止まって見える」とは、まさにこのこと。ステージチャンプは徐々にライスシャワーとの差を縮め、最後の完歩で横並びになったところがゴール。勢いではステージチャンプが圧倒していたが、内外離れていたため、どちらが前に出ていたのか、全く分からなかった。
写真判定の結果、この大接戦をハナ差で制していたのは、ライスシャワーだった。1993年の天皇賞(春)以来、勝ち星から遠ざかっていたが、意表をつく早仕掛けで、見事、2年ぶりの復活勝利を遂げた。
第4章
勝利の女神が
微笑むのは
高いレベルで能力の拮抗した馬たちが争うGⅠでは、必然的に「接戦」が多くなる。2016年の桜花賞では、先に抜け出したシンハライトをジュエラーがギリギリかわした。逆に、1995年の天皇賞(春)では、早めに動いたライスシャワーがステージチャンプの猛追をわずかに凌いだ。いずれも、勝利の女神がどちらに微笑むか最後までわからない名勝負であった。
そして、3頭がまったくの横並びでゴールした2007年の皐月賞も、興奮のあまり声を出すことも忘れてしまうほどの名レースとなった。
この春の桜花賞、皐月賞、そして天皇賞(春)でも、駿馬たちの力を尽くした「接戦」が見られるだろうか。期待して待ちたい。