馬の推し方

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推し方 02 : 宿命に抗う馬

推しのたてがみをくださいと、
厩舎に手紙を書きました

動物行動学者木村きむら李花子りかこさん

1959年神奈川県生まれ。動物行動学で、馬、ロバ、シマウマなどの研究を行う。馬の博物館、馬事文化研究所(インド)を経て、東京農業大学教授。「食と農」の博物館館長。著書に「野生馬を追う増補版:ウマのフィールド・サイエンス」(東京大学出版会)など、共著に「日本人と馬: 埒を越える十二の対話」(東京農業大学出版会)など

  • 地主さん

    木村先生は推し馬はいますか?

  • 木村さん

    いますよ。すでに引退した馬が多いですが、「ハイセイコー」や「ヒカルイマイ」のように、宿命に抗う馬が好きですね

  • 地主さん

    かっこいいですね、宿命に抗う馬

  • 木村さん

    ハイセイコーの引退の日、騎乗した騎手が歌う「さらばハイセイコー」という曲をカセットに一生懸命録音して、それを繰り返し聴き、涙しながら眠ったのを覚えています

  • 地主さん

    木村先生はどうして馬の研究を始めたんですか?

  • 木村さん

    小さい頃から馬が好きでした。子どもの頃に信州で夏を過ごしたのですが、近所に「貸し馬屋」というのがあって、馬曳きの人が家まで貸し馬を連れて来てくれるんです

  • 地主さん

    貸し馬の目的は乗るためですか?

  • 木村さん

    そうです。大きな馬が頸(くび)を振り立てて、家の前の川を渡ってやって来るんです。それに乗る、という体験が夏休みの最大のイベントでした。カラマツの林の間を馬に乗って進むと、カラマツの匂いと馬の匂いが混然一体となって、ゾクゾクしましたよ。あの匂いは今でも忘れられないです

  • 地主さん

    大学ではどんな研究をされていたんですか?

  • 木村さん

    馬やシマウマなど、ウマ属の動物行動学です。家畜化された馬ではなく、本来の野生動物としての馬とはどのような動物だったのだろうか、という研究ですね

  • 地主さん

    野生の馬って日本にもいるんですか?

  • 木村さん

    いません。国の天然記念物にも指定されている、宮崎県都井岬(といみさき)の御崎馬(みさきうま)などは、藩牧(はんぼく)が起源の再野生馬です。海外であれば、例えば金の採掘などで使われた馬が、採掘が終わるとその場所に残されて野生化したような例が多いです

木村先生が書かれた本はどれもめちゃくちゃ面白いのでおすすめです

木村先生は「食と農の博物館」の館長をされています

  • 地主さん

    競走馬というのは野生の馬とは全然違うものですか?

  • 木村さん

    違う部分もあれば同じ部分もあります。サラブレッドは1頭ずつ馬房で管理されているので、そこには馬同士のコミュニケーションとか社会が展開するようなことは物理的にないですよね

  • 地主さん

    そうですね、馬房は1人用というか1馬用ですから

  • 木村さん

    家畜馬は人とのコミュニケーションをどうやってとるかということが日々の暮らしの中で重要になります。野生の場合、馬は大体少数のオスと多数のメスからなる群れ、いわゆるハレムを作ることが多いのですが、オス馬たちは自分たちのハレムにメス馬をどうやって囲い込んでおくか、他の馬に取られずに守っていくかということに日々体力と知力のかぎりをつくします。そういう意味で、競走馬とはコミュニケーションの方向がまったく違うと言えますね

  • 地主さん

    サラブレッドも野に放てばそのような社会構造を作るんですか?

  • 木村さん

    そうなると思います。ある程度自然環境が整っていれば、やはり社会を作れると思いますね。コミュニケーション能力には長けた動物なので

エサ用のコビルオケ。馬が齧って(かじって)ガタガタになった縁は
「持て余した時間」の痕跡なのだとか

動物の行動を知ると
レースの見え方が変わる!

  • 地主さん

    競馬には「逃げ」や「先行」、「差し」や「追い込み」など、特定の作戦で活躍する馬がいますが、これらも動物行動学的に馬の特性から説明ができるのでしょうか?

  • 木村さん

    難しいところですが、一緒に走るメンバーの中にオスがいるかメスがいるかによって変わってくるかもしれないです。本来、オス馬というのはメス馬の先頭に立って走ることは少ないからです

  • 地主さん

    野生ではオス馬はメス馬の後ろにつくのが普通なんですか?

  • 木村さん

    オス馬はメス馬の後ろからメス馬を追い、誘導しようとします。そういう意味で、オスがメスとコミュニケーションを取ろうとするとレースに影響を与えてしまうかもしれませんね

  • 地主さん

    競馬を見ていてそれを感じたことはありますか?

  • 木村さん

    私の推し馬でもあるオルフェーヴルがそうでしたね。やんちゃなところがある馬でしたが

  • 地主さん

    GⅠを6勝もしている名馬ですね

  • 木村さん

    成績を見ると2着になったレースが6回あります。そのうちの4回はメスに負けています。これはメスが気になってしまい、レースに集中できなくなってしまったのではないかな、という見方もできますね

  • 地主さん

    動物行動学的に野生に近い行動が影響したかもしれないわけですね

  • 木村さん

    オルフェーヴルはきっと漢気のあるようなタイプだったのだと思いますよ。だからメスがいたら後ろからついて行って、誘導したくなったのではないでしょうか

  • 地主さん

    馬はどうしてあんなに速く走れるのでしょうか?

  • 木村さん

    難しいところですが、進化の過程を辿れば、馬がなぜ速く走れるのかということは自ずと分かります。馬は奇蹄目といって発達した中指一本で走っているのですが、そこに蹄(ひづめ)という、堅いけれど伸縮性のある、奇跡の肢先(しせん)を手に入れました。しかも大きな心臓もある。
    これだけ条件が揃っていて、速く走れない方がおかしいのです

  • 地主さん

    そう考えると馬は奇跡の存在なんですね!

馬は中指一本で走っています

  • 地主さん

    馬の体の中でとくに好きなパーツとかありますか?

  • 木村さん

    頬の咬筋(こうきん)と言われている部分が好きです。馬が草を食べているところを見てもらうと、ピクピク動いているのですぐわかります

ここが咬筋です!

このあたりですね

  • 木村さん

    上顎・下顎には表面が石臼の溝のような臼歯が約40本生えていて、草などをゴリゴリすりつぶします。こんなのが40本も入っているので馬の顔は長くなってしまうのですね。ハイスペックな馬体に、こうしたレトロな道具が備わっているというのも魅力的ですね

これが馬の上顎の方の臼歯です

どうしても推しのたてがみが
欲しかったんです

  • 地主さん

    木村先生は推し馬はいますか?

  • 木村さん

    ルックスで推していたのはカーネルシンボリですかね。素質はあるけど、なかなか勝てなかった馬で、貴公子然(きこうしぜん)としつつもどこかあか抜けないという、ちょっと中途半端な感じに惹かれました。高校生の時、思い余って厩舎(きゅうしゃ)さんに手紙まで出したほどです

  • 地主さん

    どんな手紙を?

  • 木村さん

    「私はカーネルシンボリのファンです!よかったらたてがみをください」って

  • 地主さん

    めちゃくちゃ本気の推し活じゃないですか。それでたてがみはもらえたんですか?

  • 木村さん

    それがですね、たてがみは無理だけど尻尾なら差し上げますというお返事をいただいて、手紙の中に本物の尻尾の毛が入っていました。これは本当にうれしかったですね

  • 地主さん

    それはファンにはたまらないですね!

  • 木村さん

    手紙には夏休みに千葉のシンボリ牧場で休養すると書いてあったので牧場まで会いに行ったのですが、一足違いで北海道へ移ったあとでした

  • 地主さん

    今で言う「おっかけ」ですね!

推しには真剣です

  • 木村さん

    そうですね。あとは私が勝手に「いぶし銀」のようだと思って推したのがヤマブキオーという馬です。サラブレッドって磨き上げてピカピカした馬が多いんですが、ヤマブキオーは艶消しのような馬体で、野武士のような異質な美しさがありました。引退レースには山吹の花を持って競馬場へ駆けつけましたから

  • 地主さん

    ほんとうに大好きだ!

撮影協力:「食と農」の博物館
https://www.nodai.ac.jp/campus/facilities/syokutonou/

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