取材後記

STORY 11 珠洲ホースパーク

近年、競馬サークルでは引退した競走馬たちのセカンドキャリアの確保が大きなテーマとなっている。
乗用馬への転身はすでに広く知られているが、このほかにも馬術、ホースセラピー、祭りなど、引退競走馬の活躍の場は徐々に広がりを見せている。

伯楽として名を馳せ、惜しまれつつ2021年に引退した角居勝彦元調教師は、いまは石川県珠洲市にある牧場を拠点とし、現役時代から積極的に取り組んできた引退競走馬支援を行っている。
その牧場である珠洲ホースパークを、アスリート・萩野公介が訪ねた。

まだまだ復興途上だった石川県

——今回、能登半島地震や能登豪雨災害の被災地である石川県に来られてその様子を目の当たりにされましたが、どのようにお感じになりましたか?

被災状況をニュース映像で見てはいましたが、交通網などの県内各地の状況をこの目で見て、石川県の皆さんがいかに大きな困難に直面しているか実感しました。
例えば、隆起してひび割れている地面、車線規制して迂回を避けられない高速道路、倒壊した家屋など、目の前で見ると言葉がありません。
被災された皆さんは本当に怖かっただろうなと思います。

この困難を乗り越え、復興していこうと頑張っている方々も多くいらっしゃいますし、大それたことは言えませんが、今回のロケがほんの少しでも復興の手助けになると良いなと思っています。

——金沢駅から車で移動し、まだまだ復興途上の珠洲市を訪れていただきました。この地に引退競走馬を活用した牧場があることはご存じでしたか?

今回ロケ地となった珠洲ホースパークについては、以前から注目し、応援していました。
実は、同牧場が関わっていて、「馬と社会の新しい関わり方と馬の新しい役割をみんなでつくる」というコンセプトを持つコミュニティサイト「みんなのウマ」の会員にもなっているんです。
そんなこともあって、今回、「THE STORIES」でロケをする機会をいただけて素直にうれしかったです。

——以前から「引退馬支援」について興味をお持ちだったんですね。

競馬というスポーツを好きになると、馬という生き物をいとおしく思うようになりますよね。
ホースマンではない僕が、どうやったら馬たちの力になれるのか——特に近年は引退競走馬がクローズアップされることも多いですが、あまりにも問題が大きすぎて、一個人にできることなどあるのかと自問自答したりすることもありました。

ただ、いくら考えても自分だけで解決できることではないので、まずすでにあるこういった活動に興味・関心を持つことからはじめようと思ったんです。
そして、さらに一歩踏み出してこういった引退馬支援をしている施設に来て、お話を伺ってみて、自らが感じたことや実情を周りの人たちに伝えたい。
自分にできるのはそういうことかな、と思うに至りました。

——ほんの小さなことでも、何かを始めなければ何も起こらない。だから、できることから始める、ということですね。

自分にできることを、少しずつでも構わないので継続することが大事だと思います。
この「THE STORIES」を通じて、引退競走馬を支援する事業があること、そのために尽力されている方たちがたくさんいるということを皆さんに知っていただきたい。
それがスタート地点かなと思います。

角居勝彦さんと海岸で元競走馬に乗る

——ここからはロケで体験されたことを振り返っていきたいと思います。まずは海岸での乗馬でした。

海岸での乗馬では、海に入りながら角居さんと一緒に馬に乗るという貴重な経験をさせていただきました。
そもそも自分が馬に乗れるのかなという不安があり、馬上でも最初は緊張していましたが、乗用馬としてしっかりとトレーニングされたすごくおとなしい馬たちだったので、僕みたいな初心者でも乗ることができました。
「馬に乗ってみたいけど大丈夫かな」と心配されている方でも問題なく乗れると思いますし、美しい海で大好きな馬と過ごせるなんて最高なので、興味のある方はトライしてみてほしいです。
今日は、馬上から魚が見えるぐらい海が透き通っていましたよ。

——普通の馬場と比べて、砂浜や海だと馬に乗っている感覚は違うものですか?

馬を介して下半身に伝わってくる感覚は違いました!
砂浜はザクッとしたクッションのような感触がありますし、海だと水の抵抗や振動などが伝わってきます。
地面の違いによって騎乗者の感触が全然違うというのは新たな発見でした。
競馬でも、芝とダートで騎手の乗り心地は違うんだろうなと思いました。

——珠洲ホースパークにいる馬たちは、現役時代はバリバリの競走馬でした。

競馬場での雄姿を見ていた馬が、セカンドキャリアをこの地で過ごしています。
そんな馬たちと触れ合うことができて興奮しましたし、「競走馬時代はよくがんばったね」という気持ちになりました。
引退後にサポートすることで馬にとって幸せな時間が増えるのであれば、積極的に応援したいなと思いました。

——角居元調教師に会ってみていかがでしたか?

いつもテレビで拝見していたトップトレーナーで、僕が応援していた馬の中にも角居さんが管理されていた馬はたくさんいました。
定年を前に調教師を引退されてから、引退競走馬にかかわる活動をされているというのはニュースで拝見して知っていましたので、お会いするのをとても楽しみにしていました。
今回、いろいろなお話をさせていただきましたが、馬への造詣が深く、さすがトップを極めたホースマンだなと感じました。
角居さんといると馬も幸せだろうなと思います。

——ホースコーチングを体験して、人となりを指摘されましたね。

引退競走馬のセカンドキャリアについて、乗馬、ホースセラピー、ホースコーチング、さらに地面に生えた草を食べさせることにより土地の状態を元に戻すというような活用法もあると聞き、馬ができることはたくさんあるんだなと感じました。

ホースコーチングについては、相手をしてくれたのがカウ君ことカウディーリョでしたが、彼は菊花賞にも出走した一流馬ですからね!
そんな馬と1対1でコミュニケーションを取りながら歩けたことに感慨を覚えました。
楽しかったですし、幸せな時間でした。

その様子をもとにフィードバックをしてもらったわけですが、すごく印象的だったのは「馬に対しては嘘をつけない」という言葉です。
最初は僕の方が緊張してしまい、それが伝わってカウ君も緊張していた、と。
少しずつカウ君のことがわかってくると徐々に気持ちが楽になってきて、そうなることでカウ君も少しリラックスしてくれたのかなと感じました。
角居さんが何度もおっしゃっていた通り、馬は親和性がとても高い動物なんだなということを強く感じました。

紡がれていく競馬のストーリー

——今年もふたつの新たなストーリーを積み重ね、物語はトータルで11となりました。

「THE STORIES」でさまざまな場所を訪れ、いろいろなホースマンたちと出会いました。
競馬学校で出会った生徒さんはいまではプロの騎手として活躍しています。
牧場で見た種牡馬たちの産駒は競馬場で躍動しています。
インタビューさせていただいた調教師や騎手たちは国内外で大活躍しています。
競馬はすべて「点」ではなく「線」であり、ひとつの出来事は未来に繋がり、物語として続いていきます。

今年のふたつのストーリーは、これまでのものと比べると競馬のど真ん中というわけではなかったかもしれませんが、自分自身がすごく興味を抱き、どうやったら自分も力になれるんだろうと考えているものでした。
岡部幸雄さん、角居勝彦さんという一流のホースマンを介して「馬の生きる道」を紹介できたことには大きな意味があると思いますし、今後、日本の在来馬や引退競走馬を取り巻く環境がより良くなっていけばこんな幸せなことはありません。
そんな明るいストーリーが紡がれていくことを、僕は信じています。

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