萩野公介×JRA THE STORIES

STORY 1 競馬学校 The horse Racing school 取材後記

1982年に開校されたJRA競馬学校は、武豊騎手をはじめ数々の名騎手を競馬界に送り出し続けている。朝靄の残る早朝、競馬学校を訪れた萩野公介は厩舎作業から、走路訓練、フィジカルトレーニングを1日かけて体験取材。競馬ファンとして、アスリートとして。萩野公介が「競馬学校の1日」を振り返る。

体幹を鍛えるフィジカルトレーニング

———1日お疲れ様でした。生徒さんたちに混じってフィジカルトレーニングを体験していただきました。いかがでしたか?

体験させていただいたのは生徒さんたちにとっては準備運動レベルのメニューだと思いますが、実際に体験してみると、やっぱり僕、体が重いですね(笑)。身軽な素早い動きが全然できなかったです。生徒さんたちは本当にみんな身軽で。日々の体重管理も含めて、徹底的にやっているのだなというのを、動きを見て再認識しました。

木馬も体験させていただきましたが、大汗をかきましたね。とにかく疲れました。あれはやった人にしかわからない。しかも実際は生きた馬でやるわけですから、本当にすごいなと思います。

水泳は基本的には陸ではなくて、水中でのトレーニングが多いですが、たとえばバランスボールを使った体幹トレーニングなど共通している部分もありました。

肌感覚で覚える、タイム競技としての訓練

———1,400mの外走路での実技練習を調教スタンドから見学していただきました。「丁寧に乗れって丁寧に」「1秒遅い!」調教スタンドから教官の指示が無線で飛びます。緊張感がありましたね。

そうですね。真横で聞いていましたが、かなりの緊張感でしたね。

今日は1ハロンごとに、指定タイムを守りながら走行するトレーニングとのことでした。水泳の場合もストローク数と言って、何回掻いて50m泳ぐかということを数えながらトレーニングすることもあります。でも、僕が水泳を始めて2、3年ぐらいで「50mをこれぐらいのタイムで泳げ」と言われて、それを「1秒遅い!」と言われても調整はできなかったと思います。10年20年やって、やっと分かってくる。肌感覚というのですかね。生徒さんたちは、今はこうした訓練を通して、感覚として肌に吸収させている最中なんだなと思います。水泳もタイム競技なので「時間をコントロールする」ということに関しては通ずるものも多かったですね。

ただ、水泳は身一つで行うスポーツですから。逆に言えば他の責任にできないし、全部自分の責任です。水泳との一番の違いだと思ったのは、競馬の場合は「馬と対峙する」ということ。自分の体だけではないし、完全にコントロール下に置けるわけでもない。馬の性格や癖を理解して、コミュニケーションをとりながら折り合いをつける。そういった難しさがあるのではないかと思いました。

生徒さんとの触れ合いを通して感じた「覚悟」と語った「夢」

———厩舎作業中に生徒さんとお話しさせていただく時間がありました。どんな話が印象的でしたか。

最初に驚いたのは担当する馬の多さです。一人一頭なのかと勝手に想像していたけど、生徒一人で平均3頭を担当しているとのこと。それを早朝から馬房の清掃や、馬の健康チェック、練習終わりのケアまで。馬と対話するように手入れをされていたのが印象的で、馬との距離がとても近いと感じました。

今年4月に入学された騎手課程41期生の上里 直汰さんは、乗馬も未経験という経歴。JRAさんの競馬学校は倍率15倍という狭き門と聞いていましたけど、経験者でなくても入れるということにとても驚きました。今日1日、上里さんのトレーニングも見させてもらいましたが、入学から間もない今の時点では、騎乗技術に差があるのかもしれません。しかし、未経験ながら周囲に追いつこうと、とてもひたむきに取り組んでいて、人一倍努力しているのだなというのを強く感じました。

騎手課程40期生の大江原 比呂さんは藤田 菜七子さんに憧れて騎手を目指されたということで、印象的だったのは彼女の目。競馬学校を卒業して、その後プロとしてやっていくということ。それがどれだけ難しく、厳しい世界であることかを、いま競馬学校の日々の中で、肌で感じているのでしょう。そこにチャレンジする決意と覚悟を、彼女の目から感じました。

———トレーニングのあとも生徒さんたちと夢について語りあっていました。

生徒さんたちから「競馬関係者から愛される騎手に」という言葉が出ていたのが印象的でした。競馬の世界では一人では勝てない。厩務員さんがいて、調教師さんがいて、馬主さんがいて、馬がいて、応援してくれる家族や友達がいて。多くの人に支えられて、いま夢を追いかけている。そういったことも競馬学校で学んでいるからこそ出る言葉だと思います。

夢を自分の口から言葉にする。それがすごく大切だと思います。僕もそれを聞けてうれしかったですし、短い時間ですけど一緒に過ごして、ここにいる生徒さんたちがデビューする日を、今から心待ちにしています。

「何事も人生の一部」

———競馬や水泳に限らず、いま夢を追いかけている未来のアスリートたちに向けてメッセージをお願いします。

僕は水泳を小さい頃からずっとやってきましたけど、萩野公介の人生の100%が水泳か、と言われたら答えはノーです。競馬関係者でいうとジョッキーも、厩務員の方も、調教師の先生も、きっとそれが人生の全てというわけではない。

だからこそ、ゆとりを持つということも大事だと思います。スポーツにおいて、結果だけが全てではない。試合に負けて、失敗を経験して、悔しくて悲しい思いもするけど、そこからどう行動するのかということがその先の未来を創ることだと思います。

いいことも悪いことも人生の一部。1日、1日を大切に生きていく、それしかできないのかもしれません。答えのない問いに対して、人生という道を歩き続ける。

アスリートとして、プロとして、もちろん結果を目指す。ただそれ以上に、全てを経験と捉えて、前向きに人生を歩んでほしい。一人の人間としても素敵な人間になっていってほしいなと思います。

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